元NHKのアナウンサーで、今はフリーで活躍している雨宮萌果(あめみや もえか)さん。

1986年6月30日生まれの40歳(2026年10月30日時点)で、『あさイチ』のリポーターを覚えている方も多いと思います。
そんな雨宮萌果さんの実家やお父さん、お母さんはどんな方達なんでしょうか?
今回は雨宮萌果の父は元科捜研の雨宮正欣!母は作家の天川彩で妹はワハハ本舗の芸人という事で、雨宮萌果さんの実家や両親、兄弟についての情報を調べました。
雨宮萌果の父・雨宮正欣さんは元科捜研
父は薬物鑑定のプロ
お父さんの雨宮正欣(あめみや まさよし)さんは科学者で、アナウンサーではありません。テレビのコメンテーターとして見かける機会が多いので、勘違いされやすいのかもしれませんね。

薬剤師で学術博士でもあり、埼玉県警の科学捜査研究所に23年間勤務。乱用薬物課長まで務めた方で、覚醒剤や大麻などの鑑定は5000件を超えるそうです。
退職後は2011年に法科学研究センターを立ち上げ、所長に就いています。
芸能人の薬物事件が起きると解説で呼ばれることが多く、テレビ番組では、髪型のかつら疑惑を本人が否定したこともありました。
親子共演も多い仲良し父娘
2019年6月3日には『有田哲平と高嶋ちさ子の人生イロイロ超会議』で親子共演。雨宮萌果さんのYouTubeにも登場しています。
コロナ禍で外出ができなかった時期の動画で、涙ながらに気持ちを話す雨宮萌果さんを、お父さんが優しく励ましていました。
血のつながらない父と「お父さん」と呼べた日
13歳で両親が離婚し、きょうだいが別々に
実はお二人には血のつながりがありません。
1999年10月、雨宮萌果さんが13歳の時に両親が離婚。故郷へ帰る実のお父さんと、東京へ行くお母さんのどちらと暮らすか選ぶことになり、雨宮萌果さんはお母さん、妹さんと弟さんは実のお父さんのもとへ分かれて暮らすことになりました。
妹さんは2年後、弟さんはさらに2年後に、東京の雨宮萌果さんたちのもとへ合流できたそうです。13歳でこの選択はつらかったと思います。
実のお父さんについては、名前などの情報は出ていません。
母の闘病を支えたのが雨宮正欣さん
中学3年生の受験期には、お母さんが子宮がんになってしまいます。
そんな時に看病を手伝い、雨宮萌果さんの勉強にも付き合ってくれたのが、当時はお母さんの恋人だった雨宮正欣さんでした。

再婚は2003年、敬語の時期を経て19歳で
2003年の春にお母さんと雨宮正欣さんは再婚。ただ、17歳で反抗期まっただ中の雨宮萌果さんは、帰宅すると無言で部屋へ直行。話す時は敬語だった時期もあったそうです。
ようやく「お父さん」と呼べたのは19歳の時。車を運転していた背中に向けて呼ぶと、顔は見えなかったものの、「ありがとう。」と返した背中が嬉しそうだったとブログにつづっています。
すぐには呼べなかった分、雨宮萌果さんにとって大きな一歩だったのでしょうね。
雨宮萌果の母・天川彩さんは作家
『タイヨウのうた』の作家
お母さんは作家の天川彩(てんかわ あや)さんです。

北海道札幌市の出身で、1962年生まれ。雨宮萌果さんのブログからは1962年1月生まれと見られるので、そうだとすると2026年10月時点で64歳です。
音楽プロモーション会社や情報誌の記者を経て脚本家になり、企画会社オフィスTENを設立。小説『タイヨウのうた』がベストセラーになり、映画でも話題になりました。
ホピ族の専門店からカフェまで
執筆のほかに、20年以上交流を続けるアメリカ先住民ホピ族のアートを扱うお店を日本で初めて立ち上げたそうです。
2020年にはコロナ禍のさなか、チョコレートとコーヒーの専門店「ハミングバード」をオープン。コロナ禍を乗り越えるためにチョコレートに着目し、決めてから2か月で開店したそうです。
2022年4月には文京区に「ハミングバードカフェ」も開きました。「人が集える場所を作りたい」という思いからだそうです。
2026年10月30日現在の営業状況は不明です。
雨宮萌果の実家は谷根千
実家は東京の下町エリア
実家について、雨宮萌果さん本人がブログに書いています。
私の実家は下町 谷中・根津・千駄木、
通称 谷根千(やねせん)と呼ばれているエリアにあります。
引用:実家に帰らせて頂きます 根津編 | 雨宮萌果オフィシャルブログ「マンマ・アメミーヤ!」
文京区立第八中学校の出身なので、この周辺で育ったんですね。

札幌生まれ、兵庫育ちとも
生まれは北海道札幌市で、その後は兵庫県で過ごし、阪神淡路大震災も経験しました。事務所のプロフィールでは出身地が兵庫県です。中学から東京で暮らし始めたので、谷根千はお母さんと移ってからの実家ということになりますね。
実家は裕福ではなかった
金持ち説もありそうですが、本人がはっきり否定しています。
私の家は、けして裕福ではありませんでした。
予備校に通う経済的な余裕はなかったので、
豊島区にあった小さな私塾に
アルバイトをしながら通うことになったのです。
引用:*お父さんと呼べた日・19歳* | 雨宮萌果オフィシャルブログ「マンマ・アメミーヤ!」
小石川高校から二浪して法政大学へ。その間はカフェ店員、ベビーシッター、東京ドームのスタッフなど30種類以上のバイトをかけ持ちして、塾代や学費を払っていたそうです。
本人は当時のことを「面白く味わい深い経験だった」と振り返っています。
雨宮萌果の妹と弟
妹はワハハ本舗の雨宮あさひさん
妹さんは雨宮あさひさん。1988年5月15日生まれの38歳で、2008年から芸人として活動し、2011年からワハハ本舗に所属しています。今は「大江戸ワハハ本舗・娯楽座」の舞台を中心に活動しているようです。

雨宮萌果さんの結婚式では、余興を自ら志願して会場を沸かせたそうで、「こんな妹がいて私は幸せです。」とブログに書いていました。
弟は「真面目で好青年」のイケメン
弟さんは4歳下で、2026年時点で36歳前後です。お名前は公表されていません。
ブログでは「真面目で好青年」「イケメン」と大絶賛で、子どもの頃にジャニーズへ履歴書を送ろうとしたこともあるのだとか。子どもの頃は、3人で即興コントやミュージカルをして遊んでいたそうです。
雨宮萌果の結婚と離婚
篠山輝信さんと結婚し、2022年に離婚
2019年に『あさイチ』で共演した俳優の篠山輝信さんと結婚。お相手のご両親は写真家の篠山紀信さんと歌手の南沙織さんでした。
2022年6月4日にブログで「実は私、少し前に独身に戻りました」と報告し、「お互いの人生を尊重し それぞれの道を歩むことにいたしました」とつづっています。お子さんはいません。
ネットでは「モラハラが原因だったのでは」という噂もありますが、本人たちが理由を語ったわけではなく、確証のない話です。雨宮萌果さんは離婚の報告で篠山輝信さんのご家族への感謝もつづっていて、お互いを尊重して別々の道を選んだお別れだったことが伝わってきます。
2026年10月30日時点で、本人から再婚の発表はありません。
雨宮塔子さんと親子?
同じ雨宮姓のアナウンサー、雨宮塔子さんとの親子説や親戚説もネットで見かけます。
ただ、雨宮塔子さんは1971年生まれで年齢差は15歳ほど。雨宮萌果さんのご両親は先ほどの通りで、親子ではありません。親戚という情報もなく、苗字が同じだけと見て良さそうです。
まとめ
今回は雨宮萌果の父は元科捜研の雨宮正欣!母は作家の天川彩で妹はワハハ本舗の芸人という事で、雨宮萌果さんの実家や両親、兄弟についてお届けしました。
- 雨宮萌果さんの父・雨宮正欣さんは元埼玉県警の科捜研で、法科学研究センター所長
- 雨宮萌果さんと雨宮正欣さんに血のつながりはなく、19歳で初めて「お父さん」と呼べた
- 雨宮萌果さんの母は『タイヨウのうた』の作家・天川彩さん
- 雨宮萌果さんの実家は東京の谷根千で、学生時代はバイトをかけ持ちしていた
- 雨宮萌果さんの妹はワハハ本舗の雨宮あさひさん、弟は4歳下の一般の方
- 雨宮萌果さんは2022年に篠山輝信さんと離婚。2026年10月30日時点で再婚の発表はない
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。