飛び込みの三上紗也可(みかみ さやか)選手。

2000年12月8日生まれの鳥取県米子市出身で、2026年11月2日時点で25歳です。2026年9月のアジア大会では2大会連続の銅メダルを獲得しました。
そんな三上紗也可選手の両親や実家の家族は、どんな方達なんでしょうか?
今回は三上紗也可の両親は事故後も競技継続を希望!母が勧めた飛び込みや兄、米子の実家という事で、三上紗也可選手のご家族について調べました。
三上紗也可の両親はどんな人?
名前や職業は公表されていない
ご両親の名前や年齢、職業、顔写真は公表されていません。
とはいえ、三上紗也可選手の競技人生を調べると、ご両親の存在の大きさがよく分かるエピソードがいくつもあるんです。

母の一言で飛び込みを始めた
飛び込みを始めたきっかけは、お母さんでした。
小学校で配られた飛込教室のチラシを見たお母さんが、「珍しい競技だからやってみたら」と勧めてくれたそうです。小学2年生で競技を始め、小学4年生から安田千万樹コーチに教わるようになったと言われています。お母さんの一言が、飛び込み人生の始まりだったんですね!
記憶障害の事故と両親の決断
高校時代の2017〜2018年頃とされていますが、合宿中の練習で飛び込みに失敗し、飛び板で後頭部を強打。頭を17針も縫う大けがをしてしまいました。この影響で、5分前のことが思い出せなくなる一時的な記憶障害の症状も出たそうです。
責任を感じた安田コーチは、ご両親に指導の辞退を申し出ました。ところが、ご両親は競技の継続と安田コーチの指導を望み、逆に頭を下げたのだとか。
お願いします
三上紗也可選手も事故から1か月で復帰し、こう話していたそうです。
絶対にオリンピックでメダルを取りたい
幼い頃からけがの多い娘を心配しながらも、夢を応援してこられたご両親なんですね。
三上紗也可の実家は鳥取県米子市
実家は米子市の後藤ヶ丘中学校区周辺
出身は鳥取県米子市で、高校までを地元で過ごしました。

中学は米子市立後藤ヶ丘中学校、高校は鳥取県立米子南高校です。実家の住所は公表されていませんが、中学の校区から、小学校は義方小学校か住吉小学校ではないかと言われていて、当時の実家はこの周辺だったのかもしれません。

だとすると、最寄り駅はJR境線の三本松口駅、後藤駅、富士見町駅のあたりになりそうです。
今も地元・米子で練習
高校卒業後は日本体育大学、大学院へ進みました。2026年5月からは鳥取県のスポーツ指導員として県庁に勤務し、米子市を拠点に練習とジュニアの指導を続けていると報じられています。
地元に戻っているので、ご家族の近くで競技ができているのかもしれませんね。
実家はお金持ち?
高校も県立の米子南高校で、実家がお金持ちという話は特に出ていないようです。
三上紗也可の兄弟と愛犬
兄がいると言われている
お兄さんがいるという話がありますが、名前や年齢は公表されておらず、確証はありません。兄弟も水泳選手という噂も、裏付けはないようです。
愛犬は柴犬のコロちゃん
実家では柴犬の「コロちゃん」を飼っていると紹介されています。かわいいですよね!

三上紗也可の今
パリ五輪の悔しさからアジア大会の銅へ
2021年の東京五輪は16位、2024年のパリ五輪は予選21位で、「恐怖しかない」と話すほど苦しい大会でした。
それでも2025年の世界選手権では混合団体で銅メダルを獲得。2026年9月の日本選手権を制し、9月30日のアジア大会では332.35点で銅メダルを獲得しました。
安田コーチも1994年の広島大会で同じ種目の銅メダルを取っていて、スポーツ報知によると本人は「コーチと自国開催で同じメダルを取れたのは嬉しい」と話しています。
あの事故の時にご両親が頭を下げた安田コーチとの師弟で取ったメダルと思うと、グッときますね。
2028年のロサンゼルス五輪を競技人生の集大成にすると決めているそうです。なお、2026年11月2日時点で結婚の発表はありません。
まとめ
今回は三上紗也可の両親は事故後も競技継続を希望!母が勧めた飛び込みや兄、米子の実家という事で、三上紗也可選手の家族についてお届けしました。
- 三上紗也可選手の両親の名前や職業は公表されていない
- 三上紗也可選手が飛び込みを始めたきっかけは、お母さんが勧めた飛込教室
- 三上紗也可選手の両親は、大けがの後も安田コーチに指導の継続を願った
- 三上紗也可選手の実家は鳥取県米子市で、柴犬のコロちゃんがいる
- 三上紗也可選手に兄がいるという情報があるが確証はない
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。
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