プロ野球選手の佐々木朗希(ささきろうき)投手。
千葉ロッテマリーンズに所属し、時速160kmに迫るストレートや変化球を武器に、13者連続奪三振など数々の記録を打ち立てた「令和の怪物」として知られています。
そんな佐々木朗希投手の実家やお父さん、お母さんはどんな方達なんでしょうか?
今回は佐々木朗希の母・陽子が美人!年齢や顔画像に兄弟など実家の家族もまとめた!
という事で、佐々木朗希投手の実家や両親、兄弟姉妹など家族についての情報を調べました。
目次
佐々木朗希の母・陽子が美人!
佐々木朗希投手の母・佐々木陽子(ささきようこ)さん。
千葉ロッテマリーンズとの入団契約の場に同席し、
佐々木朗希のお母さん美人すぎ!
と、その美しい容姿にネットやSNSが騒然としました。
そんな母・佐々木陽子さんはどんな人なのかご紹介していきます!
佐々木朗希の母・佐々木陽子は保険会社の営業担当!
母・佐々木陽子さんの年齢は、推定51歳(2024年時点)とされています。
写真に写る当時は46歳とのことですが、若々しく美しい方ですよね!
母・佐々木陽子さんの職業は、保険会社の営業担当。
厳しい職業ではありますが、佐々木朗希さんら兄弟が小学生の頃から勤務されているとのこと。
少なくとも13年以上営業をされているので、とても優秀な社員なのでしょう。
勤務先は住友生命との噂があります。
しかし、佐々木朗希投手の地元には、大手保険会社の支社・代理店が複数存在するため、確証はありません。
また、直近では、佐々木朗希投手のマネジメント会社が設立され、取締役に就任したと報じられました。
佐々木朗希投手のメジャーリーグ挑戦のための準備だといわれており、今後の動向にも注目されますね。
佐々木朗希の母・佐々木陽子は女手ひとつで息子3人を育てた!
佐々木朗希投手の母・佐々木陽子さんは大変な苦労のもと、息子たち3人を育ててきたことがわかりました。
佐々木朗希は東日本大震災で、父親と祖父母を亡くした
佐々木朗希投手は、かつて岩手県陸前高田市で、両親・兄と弟・祖父母の家族7人で暮らしていました。
佐々木朗希投手は、
小学生の頃が一番楽しかった
と、父親や兄・弟と野球に励む日々を送っていたと、当時を振り返っています。
そんな充実した日々を送っていた2011年3月11日、佐々木朗希郎投手が小学校3年生の時に東日本大震災が発生。
当時、佐々木朗希投手は小学校から高台へ避難、母・佐々木陽子さんは自宅から離れた営業先にいて無事でした。
しかし、
父・佐々木功太(ささきこうた)さん(当時37歳)
祖父・佐々木功(ささきいさお)さん(当時71歳)
祖母・佐々木勝子(ささきかつこ)さん(当時69歳)
家族3人を津波で亡くし、自宅も流失。
父・佐々木功太さんと祖母・佐々木勝子さんは、それぞれ3月16日・1月17日に遺体が見つかるも、祖父・佐々木功さんは現在も行方不明のまま。
母・佐々木陽子さんによると、震災発生後、母と息子3人は岩手県大船渡市にある親族宅に避難しました。
子どもたち3人には会えたものの、家族全員が揃わないことに、
覚悟した
という母・佐々木陽子さん。
3月16日、母・佐々木陽子さんのもとに、父・佐々木功太さんの遺体が見つかったとの連絡が入ります。
電話口から「見つかりました」という会話を漏れ聞いた佐々木朗希投手は、
見つかった?!
と、目を見開いて母・佐々木陽子さんに尋ねました。
純粋に「無事、見つかったのか」という意味で尋ねる佐々木朗希投手。
その表情を、母・佐々木陽子さんは今も鮮明に覚えているといいます。
悲嘆に暮れる家族でしたが、母・佐々木陽子さんは引き続き保険会社の営業の仕事に励み、子どもたち3人を懸命に育ててきました。
佐々木朗希投手は高校卒業後、プロ1年目の母の日を迎えるにあたって、
こうやってプロ野球で野球ができているのは母のおかげだと思っている。本当に感謝している。
と、母・佐々木陽子さんへの感謝の気持ちを明かしています。
佐々木朗希と母・佐々木陽子のエピソード
佐々木朗希投手と母・佐々木陽子さんのエピソードをまとめました!
佐々木朗希の母・佐々木陽子の教育方針は「よく食べ早く寝る!」
佐々木家を知る人によると、
人当たりがすごく良い。息子の活躍にも気が大きくなることがなく謙虚。しっかりしたお母さんだけど、気さくで天然なタイプ。
と、評される母・佐々木陽子さん。
息子たち3人は全員野球に励み、1人はプロ野球選手にまで上り詰めます。
「どのように子育てしてきたのか」と尋ねられた母・佐々木陽子さんは、
特に何もしていない。子どもの希望に応えるようにしていた。
と、あくまで子どもたちの自主性を尊重していたのだとか。
ただ、息子3人を大きくするために実践していたのが、
ということ!
成長期の3兄弟は、1週間でなんと白米10kgを消費!
佐々木朗希投手は1日6合の白米を食べて、1年間で10kgの増量に成功した年もありました。
佐々木朗希投手が高校3年生の頃には、白米3合をぎゅうぎゅうに詰めたお弁当を持たせていたのだとか。
佐々木朗希投手の好きな母の手料理は、
特製ソースをたっぷりつけて食べる、豆腐入りのハンバーグ
とのこと。
母・佐々木陽子さんはきっと料理上手なんですね!
更に、睡眠にも気を遣っていたという母・佐々木陽子さん。
3兄弟は、小学校の頃も20時には就寝していたのだとか。
佐々木朗希投手は今もその習慣のまま、早く寝ることを心掛けているそうです。
佐々木朗希からのプレゼント
震災のあった2011年、小学校4年生になった佐々木朗希投手。
その年の母の日は、100円ショップで購入したタオルハンカチを母・佐々木陽子さんへプレゼントしました。
佐々木朗希投手は、
とても喜んでくれたのを鮮明に覚えています。値段ではなく、プレゼントをするという気持ちが大事だと思いました。
と、精一杯、母・佐々木陽子さんに感謝の気持ちを伝えたとのこと。
また、小学校5年生の時の母の日にはロールケーキを購入。
当時、仮設住宅から念願の新居に移ったばかりでした。
自宅ガレージにロールケーキを隠し、夕食後にサプライズでプレゼントしたのだとか。
母・佐々木陽子さんの誕生日が母の日に近いため、3兄弟は日頃の感謝とともに、お祝いの言葉も贈るそうです。
そして、2021年5月27日にプロ初勝利を飾った佐々木朗希投手。
ヒーローインタビューの中で、
(ウイニングボールは)両親に渡したいと思います
と、両親にウイニングボールを贈るとコメント。
その様子をテレビで観た母・佐々木陽子さんは、「両親」の言葉に号泣。
その後、ウイニングボールは実家の仏壇に飾られているそうです。
佐々木朗希投手は、3兄弟を懸命に育ててくれた母・佐々木陽子さんへ感謝するとともに、恩返ししたいと思っているのかもしれませんね。
佐々木朗希に兄弟姉妹はいる?
佐々木朗希投手には、3歳年上のお兄さんと4歳年下の弟さんがおられます!
佐々木朗希の兄・佐々木琉希は広告代理店勤務
佐々木朗希投手の兄・佐々木琉希(ささきりゅうき)さん。
佐々木朗希投手とはあまり似ていませんが、お兄さんもイケメンですよね!
そんな兄・佐々木琉希さんについて調べてみました!
佐々木朗希の兄・佐々木琉希のプロフィール
兄・佐々木琉希さんのプロフィールは次の通りです。
職業・・・大手広告代理店勤務
出身校・・・岩手県立大船渡高校、東北学院大学教養学
兄・佐々木琉希さんも、佐々木朗希投手と同じ大船渡高校野球部出身。
現在も野球を続けている可能性はありますが、本業は会社員なんですね。
そんな兄・佐々木琉希さんと佐々木朗希投手とのエピソードについても調べてみました!
佐々木朗希と兄・佐々木琉希のエピソード
佐々木朗希投手と兄・佐々木琉希さんにまつわるエピソードを紹介します。
佐々木朗希投手の「朗希」という名前は、兄・佐々木琉希さんの発案によって付けられました。
佐々木朗希投手が生まれた2001年当時、特撮ドラマ「百獣戦隊ガオレンジャー」が大好きだった兄・佐々木琉希さん。
その中の、登場人物である、
「狼鬼」(ロウキ)がいい
と、発案。
「狼鬼」は悪役だったものの、母・佐々木陽子さんも、
かっこいいし、響きもいい
と、賛同し「朗希」と名付けられたのでした。
珍しい名前ではありますが、響きも自然でかっこいい名前ですよね。
兄・佐々木琉希さんは、小学生の頃に地元の高田野球スポーツ少年団でピッチャーを務めていました。
そんなお兄さんに憧れて、後から入団した佐々木朗希投手もピッチャーを志望。
佐々木朗希投手は野球に関するアドバイスを兄・佐々木琉希さんからもらっていたのだとか。
兄・佐々木琉希さんは、
朗希は回転がきれいな球を当時は投げられなかったので「手首を強くしなくちゃだめだよ」とアドバイスした
と、当時を振り返っています。
また、佐々木朗希投手は大の負けず嫌い!
小学校のマラソン大会では、
5、6位に入っても一人だけずっと泣いていた
と、友人が明かしており、入賞を喜ぶ生徒の中でただ1人涙する姿が印象的だったのだとか。
そんな負けず嫌いな佐々木朗希投手の性格を、兄・佐々木琉希さんは理解したうえで、
お前レベルの選手なら大勢いる
と、あえて突き放したこともありました。
その後、兄・佐々木琉希さんは大船渡高校に進学。
野球部では4番打者を務めていました。
そんな憧れのお兄さんに認められたいと、佐々木朗希投手は猛特訓!
中学校3年生にして、140kmの剛速球を投げるピッチャーにまで成長します。
その頃になると、佐々木朗希投手に対して、佐々木琉希さんからはアドバイスではなく質問が飛ぶようになったのだとか。
佐々木朗希投手からすると、目標だったお兄さんから認められて嬉しかったのではないでしょうか。
震災で父と祖父母を亡くした、佐々木朗希投手と兄・弟。
母・佐々木陽子さんが、
(兄・佐々木琉希さんが)父親代わりになってくれた
と、語るように、時には厳しく弟たちに接することもあったのだとか。
兄・佐々木琉希さん自身が意識していたのかはわかりません。
ただ、結果として母・佐々木陽子さんは、そんな兄・佐々木琉希さんにとても助けられたとのこと。
責任感の強いお兄さんなんですね。
身長192cmと長身の佐々木朗希投手。
兄・佐々木琉希さんによると、手足も長くなかなか地元ではサイズの合う服が見つからないのだとか。
そんな弟の為に、
外国製で似合うと思う服を見つけると、誕生日などに関係なくプレゼントしています。
と、兄・佐々木琉希さんは、佐々木朗希投手に合うサイズの服を見つける都度、購入して贈っているのだそう。
弟思いの優しいお兄さんですよね。
佐々木朗希の弟・佐々木怜希は中央大学野球部!
佐々木朗希投手の弟・佐々木怜希(ささきれいき)さん。
佐々木朗希投手と特に目元が似ているようですね!
弟・佐々木怜希さんについても調査してみました!
佐々木朗希の弟・佐々木怜希のプロフィール
佐々木朗希投手の弟・佐々木怜希さんのプロフィールは次の通りです。
身長/体重・・・178cm75kg
出身校・・・岩手県立大船渡高校
所属・・・中央大学文学部・学びのパスポートプログラム
兄2人と同じく、弟・佐々木怜希さんも大船渡高校野球部の出身。
大船渡高校野球部では、右投げ右打ちで1年生からレギュラーで内野手を務めていました。
その後、高校2年生秋にピッチャーに転向。
そして、2024年4月にはスポーツ推薦で中央大学文学部に進学し、野球部へ入部します。
入寮時には、黒い投手用グラブだけを持参。
兄からもらったものです。プロ入り後に使っていたもの。3年夏の岩手大会でも使いました。大事なものです。
と、弟・佐々木怜希さんは明かしています。
弟・佐々木怜希さんは投球速度が最速143km、遠投100m、50m走は6.2秒と非常に高い身体能力を持っているのだとか。
弟・佐々木怜希さんは進路に関して、
文武両道を極めたい
と語り、明言されていませんが、野球選手としての将来が期待されますね。
佐々木朗希のもう1人の弟?
佐々木朗希投手には、もう1人の弟?がいます。
それが、オスのトイプードルのラムちゃん。
現在7歳半とみられます。
佐々木朗希投手が高校1年生だったゴールデンウイークに、家族として迎えられたというラムちゃん。
佐々木朗希投手によると、
ラムと僕は誕生日が一緒なんです!だから、いつも一緒に誕生日会をしています。かわいいですよ。
と、溺愛している様子。
ラムちゃんは、千葉ロッテマリーンズの公式Xでも度々登場しており、ファンからも愛されているそうです。
佐々木朗希の実家情報もまとめた!
佐々木朗希投手の実家についても調べてみました!
佐々木朗希の実家は岩手県大船渡市
岩手県陸前高田市出身の佐々木朗希投手。
出生後も陸前高田市で育ちますが、小学校3年生だった2011年3月11日に東日本大震災が発生。
佐々木朗希投手は父親と祖父母を亡くし、自宅も津波により失います。
母・佐々木陽子さんと佐々木朗希投手ら兄弟は、陸前高田市の北部に隣接する大船渡市へ避難。
大船渡市内では、仮設住宅での生活を経て、新居に移りました。
佐々木朗希投手や兄・弟は転校を余儀なくされ、大船渡市立猪川小学校に転入。
上記地図は猪川小学校の周辺地図。
校区の東端・西端は山間部のため、猪川小学校を中心とした周辺の住宅地に実家があると考えられます。
なお、報道では、猪川町ないし赤崎町に実家があるとされています。
佐々木朗希の実家はお金持ち?
佐々木朗希投手の実家の経済状況に関しては、
佐々木朗希の実家はお金持ちだとは言えない
ということがわかりました。
佐々木朗希の両親の仕事と収入
佐々木朗希投手の両親は共働きでした。
父・佐々木功太さんは葬儀店、母・佐々木陽子さんは保険会社に勤務。
それぞれの平均年収は、以下の通り。
保険会社営業(女性)・・・287万円
ただし、保険会社の営業職の場合、基本給+歩合制もしくは完全歩合制が基本。
母・佐々木陽子さんが優秀な営業担当者だった場合には、平均以上の年収があったとみられます。
なお、共働き世帯の平均年収は約830万円。
以上を踏まえると、佐々木家の世帯所得は平均値から近い金額だったと推測されますね。
佐々木朗希の母・佐々木陽子がバーキンを持っている?
千葉ロッテマリーンズとの面談の場に、佐々木朗希投手とともに臨んだ母・佐々木陽子さん。
その際、母・佐々木陽子さんが手にしていのが、高級バッグとして知られるエルメスのバーキンではないかと噂になりました。
バーキンといえば、定価は100万円台、中古で価値があるものだと200万円を超える超高級バッグ。
そんなバッグを持つ姿に、
母親がバーキンを買えるぐらい、佐々木朗希の実家はお金持ちなの?
と、囁かれました。
確かに超高級ではありますが、「バーキン=お金持ち」とは限りません。
母・佐々木陽子さんが努力した末に手に入れたとも考えられますし、父・佐々木功太さんがプレゼントした可能性もありますよね。
いずれにせよ、重要な場面で使用したことを踏まえると、母・佐々木陽子さんにとって思い入れのある品であることは間違いなさそうです。
以上の情報から、佐々木朗希投手の実家がお金持ちであるという確証は見つかりませんでした。
震災後は、保険金や政府や各基金等からの支援、各料金等の減免があったと考えられます。
更に、母・佐々木陽子さんの懸命な働きによって、家計は支えられていたとみて間違いないでしょう。
まとめ
今回は佐々木朗希の母・陽子が美人!年齢や顔画像に兄弟など実家の家族もまとめた!
という事で、佐々木朗希投手の実家や両親、兄弟姉妹など家族についての記事をお届けしました。
- 佐々木朗希の母・佐々木陽子は、保険会社に勤務し女手ひとつで息子3人を育てた
- 佐々木朗希の兄・佐々木琉希は大手広告会社勤務、弟・佐々木怜希は中央大学野球部の投手!
- 佐々木朗希の現在の実家は岩手県大船渡市にあり、お金持ちだとはいえない。
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。
コメント
コメント一覧 (2件)
[…] 千葉ロッテマリーンズに所属する佐々木朗希投手。 […]
[…] 由美さんと久美子さんは頻繁にやり取りしていたそうで、佐々木朗希投手の母・陽子(ようこ)さんも加わったママ友の輪があるのだとか。 […]