元参議院議員で、弁護士としても活動していた広瀬(ひろせ)めぐみさん。

選挙でのキャッチコピーは「ふつうの主婦が弁護士に、そして参議院に挑戦」とのことです。
そんな広瀬めぐみさんの実家やお父さん、お母さんはどんな方達なんでしょうか?
今回は広瀬めぐみの実家はホテル小田島で母は社長!父は既に他界で兄弟も調査!
という事で、広瀬めぐみさんの実家や両親、兄弟姉妹など家族についての情報を調べました。
広瀬めぐみの実家はお金持ち?
まずは広瀬めぐみさんの実家について調べてみました!
広瀬めぐみの実家の場所は岩手県盛岡市!
広瀬めぐみさんの実家は、岩手県盛岡市の中心部にあります。
というのも、広瀬めぐみさんの実家は盛岡市にある老舗の「ホテル小田島」です。

盛岡市の中心部、岩手県庁など官公庁や大手企業、銀行が集まるビジネス街にあるホテルです。広く営業しているホテルではありますが、ご家族の暮らしにも関わるため、この記事では番地までは載せず盛岡市の中心部までにとどめます。
ちなみに、ホテル小田島は、太田代カツさんによって小田島旅館として1897年(明治30年)に創業されました。
現在も広瀬めぐみさんのご家族が経営しており、創業から125年以上の歴史を誇る老舗の宿泊施設で、盛岡市内に現存する宿屋としてはもっとも古いと言われています。
以上から、広瀬めぐみさんの実家は岩手県盛岡市の老舗ホテルにあるとのことでした。
広瀬めぐみの実家はお金持ち?
広瀬めぐみさんの実家はお金持ちだと噂されているようです。
なぜなら、
- 実家は盛岡市ではもっとも古い歴史を持つ宿屋のため
- 母方の祖母も旅館の女将をしていた
- 旅館の評価も高く、人気である
- 父親の他界後、ホテル経営をしながら母親が女手一つで育ててくれた
- 高校在学中にはアメリカオハイオ州ウェストユニティに交換留学を経験している
ということで、実家が有名なホテルで留学などの教育費もかけていた様子が伺えます。
以上を踏まえると、広瀬めぐみさんの実家はある程度裕福な家庭ではないかと考えられるでしょう。
広瀬めぐみの実家の両親(父・母)はどんな人?
広瀬めぐみさんの実家のお父さん、お母さんについても調べました!
広瀬めぐみの父親は一般人!
広瀬めぐみさんの父親は一般の方のため、名前などの情報はほとんど公開されていませんでした。
父親は、広瀬めぐみさんが11歳の時に病気で他界されたそうですが、幼少期の写真は公開されていました。

写真を拝見すると、スタイルも良くイケメンな印象がありますよね。
父親の病名まではわかりませんでしたが、若くして亡くなっているので、広瀬めぐみさんも辛い幼少期を過ごしたことが伺えますね。
広瀬めぐみさんは21年間に渡り弁護士として活躍をされてきましたが、
さまざまな困難を抱える人たちの役に立ちたい
という思いがあり、自身の幼少期の経験がきっかけになっているようですよ。
父を早くに亡くした経験が、弁護士を目指す原点になったと語っていました。
広瀬めぐみの母親はホテルの女社長!?
広瀬めぐみさんの母親は、父の死後にホテルの経営を支えてきた女性だと言われています。
広瀬めぐみさんの幼少期の頃の母子ショットは公開されていました。


もう少し母のお顔がわかる写真もありました。


ネット上では、ホテルの沿革にある「1953年に先代が亡くなり、その妻が引き継いだ」という記述や、1977年版の会社年鑑に載っている社長名から、その女性社長が広瀬めぐみさんの母親だとする説があります。
ただ、1966年生まれの広瀬めぐみさんから見ると、1953年に経営を引き継いだ女性は祖母の世代にあたる可能性もあり、母親と断定できる根拠はありません。ご家族は一般の方ですので、この記事では名前は控えておきます。
母親が必死で旅館で働いてきたことはもちろんですが、経営手腕のある女社長と言われていたんだとか。
早くに父親を病気で亡くしてしまいますが、
周りの方のたくさんの助けや支えのおかげで今の私、そして兄弟があると思っています。
と話しており、地域の方々に支えられて育ってきた様子が伺えますね。


この写真の右側の女性である母方の祖母も旅館の女将をしていたということで、広瀬めぐみさんの実家は母親の実家だということになるでしょう。
広瀬めぐみの両親のエピソードも紹介!
広瀬めぐみさんの両親のエピソードを紹介します。
旧姓の読み方は?
先ほど、母親の苗字を太田代と紹介しましたが、広瀬めぐみさんも旧姓もおそらく太田代でしょう。
しかしながら、読み方については「おおたしろ」か「たたよ」のどちらかで公表はされていないようです。
名前の起源としては、岩手県の大田代村という村の名前が起源なんだとか。
また、全国でも約760人しかいない珍しい名前のようで、もっとも古くから存在する地域は広瀬めぐみさんの出身でもある岩手県なんだとか。
つまり、広瀬めぐみさんは、歴史ある家計のもとに生まれてきたということですね!
母の仕事を送迎していた!
先ほど紹介しましたが、広瀬めぐみさんの母親が女手一つで子育てや仕事を頑張っていたそうです。
そんな母親が苦労している姿を見て、女性でも活躍できる環境を作りたいと感じた広瀬めぐみさんは政治家になることを決意したそうです。
過去には、母親に関することを投稿しており、
物忘れが増えた母ですが、部屋は綺麗に整頓され、飾られた写真に見入ってしまいました
とコメントしながら、仕事に出かける母を朝の3時に車で送ったことをコメントされていました。
現在の母親が旅館の女将として経営に関わっているかは不明です。
しかし、子育てをしながら朝3時から働いてくれていたということで、広瀬めぐみさんとしても感謝に気持ちが強いに違いないでしょう。
小田島旅館の歴史とは?
以下の動画は、小田島旅館で絵を描く橋本八百五が映されていますが、歴史の深さを感じることができます。
小田島旅館の歴史について紹介すると、
- 1897年:現在の本町通りに下宿として創業
- 1918年:日影門外小路に移転
- 1953年:株式会社小田島旅館を設立
- 1980年:ホテル小田島 改装オープン
ということで、1980年のグランドオープンを機に商号を株式会社ホテル小田島に変更し、現在はビジネスホテルですが、明治30年から続く老舗旅館です。
広瀬めぐみの兄弟姉妹も調査!
広瀬めぐみさんに兄弟や姉妹がいるかどうかも調査しました!
広瀬めぐみは兄弟が2人いる!
広瀬めぐみさんには、兄弟が2人おり、3人兄弟とのことです。
閉鎖されてしまいましたが、広瀬めぐみさんのブログでは、
私が11歳の時に父を病気をなくし、私を含む3人の子どもは母の女手一つで育てられました。
という投稿があったようです。
ちなみに、兄弟については一般の方のようで、なかなかそれ以外の情報は公開されていないとのこと。
もしかしたら、一般人のためプライベートな情報は公にしていないのかもしれませんね。
ちなみに、同じくホテルや旅館を営む家庭で育った郷亜里砂さんや山下健二郎さんの実家や家族も気になります。
広瀬めぐみの現在は?議員辞職と有罪判決
広瀬めぐみさんは、公設秘書の給与をだまし取ったとして詐欺罪に問われ、2025年3月27日に東京地裁で懲役2年6月・執行猶予5年の有罪判決を受けました。
2024年7月30日に東京地検特捜部の強制捜査を受けて自民党を離党し、8月15日に参議院議員を辞職。8月30日に在宅起訴され、初公判では起訴内容を認めていました。判決では、国から計約358万円をだまし取ったと認定され、税金を財源とする公金をだまし取った悪質な犯行と指摘されています。
判決の確定により弁護士資格も失ったとされています。2026年10月23日時点で、表立った活動は伝えられていません。
まとめ
今回は広瀬めぐみの実家はホテル小田島で母は社長!父は既に他界で兄弟も調査!
という事で、広瀬めぐみさんの実家や両親(父・母)、兄弟姉妹など家族についての記事をお届けしました。
- 広瀬めぐみの実家は岩手県盛岡市の老舗「ホテル小田島」
- 広瀬めぐみの実家はお金持ちだと噂をされている
- ホテル小田島は1897年(明治30年)に太田代カツが創業した、盛岡市内で最も古い歴史を持つ老舗の宿
- 広瀬めぐみの父親は一般の方で、広瀬めぐみが11歳のときに病気で亡くなっている
- 広瀬めぐみの母親はホテルを経営してきた女性と言われる(会社年鑑の社長名を母とする説は確証なし)
- 広瀬めぐみは兄弟が2人いるが、一般の方のためか詳細な情報は公開されていない
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。