第75代横綱の大の里泰輝(おおのさと だいき)さん。

2000年6月7日生まれで、2026年11月5日時点で26歳です。2026年はケガで苦しみましたが、9月の秋場所で6度目の優勝を果たしました。
そんな大の里さんの実家やお父さん、お母さんはどんな方達なんでしょうか?
今回は大の里の父は相撲の恩師・知幸さん!母の朋子さんや妹の葵さん、裏切り者と言われた留学までということで、大の里さんのご家族について調べました。
大の里の実家は石川県津幡町
大の里は津幡町の出身
大の里さんは石川県河北郡津幡町の出身で、実家も津幡町にあると言われています。
津幡小学校の学区から、字津幡、字清水、字横浜のあたりでは?と言われていますが、正確な場所は公表されていません。

2024年の能登半島地震では町も被害を受け、大関昇進の時には地元で「津幡の星」と喜ばれたそうです。
実家が民宿の萬助という噂
ネットには、実家は民宿の「萬助」という話がありますが、これは実家の話ではなさそうです。
四股名の由来になった昔の大関、大ノ里萬助さんの名前と混ざったものとみられます。
モンゴル出身?と書くサイトもありますが、津幡町生まれの日本人です。
大の里の実家はお金持ち?
大の里さんの実家は、ごく一般的なご家庭のようです。
小中高は公立で、大学は私立の日本体育大学でした。日体大は入学金が30万円、年間の学費が130万円ほど。中学からの寮生活の費用もあったので、学費のほかに寮の費用もかかっていたわけです。
相撲教室の月謝は小3まで500円、小4から1,000円だったそうで、ほかの習い事はしていません。

後列の右端が大の里さんで、幼稚園の頃から頭ひとつ大きかったのだとか。
大の里の父親は中村知幸さん
大の里の父親は元社会人相撲の選手
お父さんの名前は中村知幸(なかむら ともゆき)さんです。

2023年の中日新聞で47歳だったので、今は50歳前後です。身長は184cmあります。
金沢の高校の相撲部で全国2位になり、社会人でも全日本青年相撲選手権の団体で優勝したことがある実力者でした。
お仕事は長距離の運送業と言われていて、会社員と書かれていることもあります。
大の里は父と阪神ファン
親子はそろって阪神タイガースのファンで、推しはどちらも「代打の神様」です。
お父さんは、一打席に集中する気構えが一日一番の相撲に通じていたのかも、と話しています。

大の里さんは小さい頃からお父さんが大好きで、仕事で帰らない日は小学校の高学年になっても泣いていたそうです。夏休みにはトラックに一緒に乗って、同じ布団で寝ていたのだとか。
大の里が相撲を始めたのは父の口実
大の里さんは野球がやりたかったのですが、お父さんに「野球道具を買うお金がない」と言われました。
これは足腰を鍛えさせたくて相撲へ誘うための口実だったそうです!
小学4年生まではお父さんが指導して、よくこの言葉をかけていました。
父親の知幸さん「自分を信じろ」
北信越の大会では敵なしになり、野球への気持ちも消えていったそうです。
大の里の新潟留学で親子が涙
小学6年生で伸び悩んだ大の里さんは、新潟の能生中学校への相撲留学を決めます。



「甘い環境を捨てないといけない」


送り出す時のやりとりがこちらです。



「逃げて帰ってくるな」



「帰らんし」
ところが相撲どころの地元では、お父さんにこんな声が向けられました。



「あんな所に行かせて」
「裏切り者」と見られたそうで、家族にとってもつらい時期でした。
中学、海洋高校と鍛えて日体大でアマチュア横綱になった夜、親子で食事をしながら涙を流したそうです。





「あの頃、俺たち親子がどんな目で見られたか。結果を残せなかったら、と家族のために頑張れた」



「つらかったな」
大の里の「唯一無二」は父の言葉
角界へ入る時、お父さんはこう言って送り出しました。



「関取になるまでは戻ってくるな」
ところが大の里さんは、わずか2場所で関取になってしまいました。何年も会えない覚悟だったお父さんも戸惑ったそうです。
お父さんの願いはこうでした。



みんなの手本となるような憧れられる力士になってもらいたい。
勝っておごらず、負けて腐らず、調子に乗らないように一日一日精進してください。
大関昇進の伝達式で大の里さんが口にしたのが、「唯一無二の力士を目指し」という言葉です。


小さい頃からお父さんがかけていた言葉で、中身を知らされていなかったお父さんは鳥肌が立ったのだとか。



「まさかこんな日がくるなんて。家族思いな息子ですね」
大の里の母親は中村朋子さん
大の里の母親は身長165cm
お母さんの名前は中村朋子(ともこ)さんです。


左端が朋子さんです。2023年に47歳だったので、お父さんと同じく今は50歳前後です。
職業は公表されていません。ハーフという噂もありますが、根拠のない話です。
大の里の名前は母が付けた
大の里さんは4060グラムで生まれた長男でした。


本名は中村泰輝(なかむら だいき)さんで、名付け親はお母さんです。





「(名前は)タイキよりダイキにしたかった」
漢字は画数で選んだそうです。
小学生で牛丼の大盛りを3杯食べていたそうなので、お母さんも作りがいがあったかもしれません。
大の里の優勝前に母は胃痛
大の里さんが優勝する数日前から、お母さんは胃が痛くなっていたそうです。
優勝した時は、こう話しています。



「頼もしくて、わが子じゃないみたい」
大の里と両親のエピソード
ご両親は優勝パレードのオープンカーにも乗せてもらい、お父さんは「最高の思い出ですよ」と話す一方、「遠い存在になってしまった」と寂しそうでもありました。
それでも息子の人柄は変わらないそうです。
お父さんは「人懐っこいところは変わらない」と話し、お母さんも小さい頃から周りに好かれる子だったと振り返っています。新潟時代の恩師も、明るくておしゃべりで昔から人気者だったと語っていました。
四股名が決まった時は、ご両親で「書きやすそうだね」と話していたそうです。
おじいさんの坪内勇さんも報道に登場しています。名字が違うので、お母さんのお父さんかもしれません。


地震のあと、大の里さんが避難所を訪ねて再会した時は満面の笑みだったそうです。
大の里の兄弟は妹の葵さん
大の里さんは2人きょうだいで、4歳下に妹の中村葵(あおい)さんがいます。


身長は170cmほどと言われ、優勝の時はお兄さんをこう話していました。



「すごくかっこいい」
こちらは家族4人の写真です。
家族との写真。父、母、妹さん。
— くるくるおばけ@ブログ「大相撲取組内容」 (@kuru2obake) September 14, 2023
父も相撲経験がある。
〔新十両紹介 大の里〕 #秋場所五日目 #sumo pic.twitter.com/Q8Bk4OBTWS
大の里は結婚している?
2026年11月5日時点で、大の里さんの結婚の発表はありません。彼女についても確かな話は出ていません。
2025年5月に横綱へ昇進したあと、11月に左肩を脱臼。2026年は3月に途中休場、5月は全休と苦しみ、9月に12勝3敗で1年ぶりの優勝を果たしました。
優勝の翌日には「長くてつらい時期を過ごしたが優勝という形で終われてよかった」と話していました。
まとめ
今回は大の里の父は相撲の恩師・知幸さん!母の朋子さんや妹の葵さん、裏切り者と言われた留学までということで、大の里さんのご家族をまとめました。
- 実家は石川県津幡町で、民宿という話はデマ
- お父さんの知幸さんは元社会人相撲の選手で、最初の恩師
- お母さんの朋子さんは泰輝の名付け親
- 新潟への相撲留学では家族もつらい思いをした
- 妹の葵さんは4歳下
- 2026年11月5日時点で結婚の発表はない
最後までお読みいただきありがとうございました。