THE RAMPAGEのパフォーマーで、DDTのプロレスラーでもある武知海青(たけち かいせい)さん。

1998年2月4日生まれで、2026年11月5日時点で28歳です。
ダンスを教えたのはお母さんだそうですが、どんなご家族なんでしょうか?
今回は武知海青の母はダンススクール主宰のMIKAさん!元タカラジェンヌ説や父の手紙、2人の姉までということで、武知海青さんのご家族について調べました。
武知海青の実家は兵庫県宝塚市
武知海青は宝塚市の公立校に通っていた
武知海青さんは兵庫県宝塚市の出身で、宝塚市立逆瀬台小学校から光ガ丘中学校へ進みました。
逆瀬台小学校の通学区域は、大字小林、光ガ丘1・2丁目、青葉台1・2丁目、逆瀬台1〜6丁目、ゆずり葉台1〜3丁目です。

オレンジ色の部分で、実家もこのあたりでは?と言われていますが、はっきりした場所は公表されていません。
宝塚東高校では水泳部で、1年生の時に上京しています。
武知海青は「宝塚のマリンブルー・バタフライ」
水泳とダンスは2歳からと書かれることが多いのですが、宝塚市の広報の対談で本人は、水泳は3〜4歳ごろ、ダンスは3歳からで「4歳からはダンスと水泳の二刀流でした」と話しています。
小学4年生で念願のジュニアオリンピックに出場し、スクールの全国大会ではメドレーリレーで優勝したこともあるそうです。海青の名前と得意のバタフライから、「宝塚のマリンブルー・バタフライ」というキャッチフレーズまであったんだとか。
武知海青の実家はお金持ち?
水泳とダンスを小さい頃から続けられたことから、実家はお金持ちとも言われています。
ただ、スイミングの月謝は7,000〜10,000円ほどが相場で、ダンスはお母さんのスクールなので、習い事だけで裕福とは言い切れません。
宝塚市は高級住宅地のイメージがありますが、通学区域は坂の多い高台の住宅街だそうです。
習い事を続けられる環境だったのは確かですね。
武知海青の父親はどんな人?
武知海青の父親は優しい仲裁役
武知海青さんのお父さんは一般の方で、名前や職業は公表されていません。
厳しいお母さんに叱られると慰めてくれる、優しい方だそうです。
母と息子が言い合いになると、いつも「まぁまぁ」と止めに入るのがお父さんの役目でした。
武知海青の座右の銘は父の「日々青春」
2014年に高校生でEXILEのオーディションを受け、最終審査で落ちたものの、THE RAMPAGEの候補生に選ばれました。
上京する時にお父さんから渡された手紙に書いてあったのが、「日々青春」という言葉です。
武知海青さんのお父さん日々の出会いや別れを前向きに受け入れて成長することができるように
この言葉は、今も武知海青さんの座右の銘です。
武知海青の母親はMIKAさん
武知海青の母親はダンススクールを経営
お母さんは、宝塚市売布でダンススクール「T’s-BOX Dance School」を経営しています。


2024年に創立30年を迎えたというスクールで、スタジオのサイトにはMIKAさんと紹介されています。


武知海青さんは1歳半で真似して踊り始めたそうで、子どもの頃の夢は「お母さんのスタジオを継ぐこと」でした。
今も帰省すると必ず立ち寄る場所で、売布神社の駅を出てすぐのスタジオでは、当時の先生や一緒に習っていた生徒が出迎えてくれるのだとか。本人は「実家に帰ってきたような気持ちになります」と話していました。
武知海青の母親は元タカラジェンヌ?
ネットには、お母さんは元タカラジェンヌという話があります。
元になったのは、ABEMAのドラマ『覆面D』の試写会での発言のようです。



母が元々業界の人で、そっち(俳優業)にもいった方が芸能界は幅が広がるよと教えられていたんです
宝塚市と「業界の人」という言葉から、そう言われるようになったようです。
ただ、宝塚歌劇団にいたという話は本人からも出ておらず、元女優と書くサイトもありますが、どんなお仕事だったのかは分かっていません。
武知海青の母親は永遠の師匠
お母さんはとても厳しくて、武知海青さんは褒められたことがないそうです。
それでも母の日には、親子の写真とともにこんな言葉を投稿していました。





僕にとって母は、最初にダンスを教えてくれた恩師であり、永遠の師匠であり、最強のお母さんです✨
長文のメッセージを送ると、お母さんからも長文が返ってきて、読みながら泣きそうになったのだとか。
武知海青が母親に教わったダンスの生き方
DDT公式のインタビューでは、お母さんの教えをこう語っています。
ダンスは生きざまが出るもの。だから、この人のダンスをマネようと思ってもできないんだよ
さらに「いっぱい恋愛した方がいいし、いっぱい失敗した方がいいし、いっぱい負けた方がいい」とも言われたそうです。
ご両親からは「無償の愛をあげなさい」「継続は力なり」と言われて育ち、思春期を過ぎてから「親の言っていたことは間違っていなかった」と分かったのだとか。
武知海青の母親直伝のエクササイズ
お母さんが実家でよくやっていたエクササイズも教えてくれています。


脚を前後に開いて腰を落とし、両腕を大きくねじる動きで、左右5回ずつ続けると二の腕が引き締まるそうです。
武知海青と両親のエピソード
武知海青は「役者をやれ」で毎年ケンカ
武知海青さんは、ご両親に2〜3年前から「役者をやれ」と言われていたそうです。
本人は「スポーツ一本でいくんだ」と言い張り、正月に帰るたびにお母さんとケンカになっていました。
そこでお父さんが一言。



まぁまぁまぁまぁ。時が来たらやるんじゃない?
『覆面D』の出演が決まって一番に連絡すると、返事は「あ〜やっぱり?」。お母さんにはこう言われたそうです。



やるからには腹括ってやりなさいよ。
あんた途中で逃げ出す性格やから最後まで絶対逃げずにやりなさい
ダンスの師匠らしい、厳しい励ましですよね。
武知家で踊れないのは父だけ
2024年のarのインタビューによると、「武知家は父以外踊れる」そうで、年始にみんなでお父さんに教えて笑い転げたのだとか。
家族で行ったゴーカート対決では、お母さんの「海青イケー!」という歓声が動画に入っていたそうです。
武知海青の家族LINEは3つある
ご家族はとても仲が良く、「姉2人」「家族全員」「両親」の3つのLINEグループがあるそうです。
テレビ電話もよくしていて、THE RAMPAGEのライブにご両親が来ることもあるのだとか。



父のようになりたいし、母のような女性を見つけたいと小さい頃から思っている
武知海青の兄弟は姉が2人
武知海青の姉は風花さんと星花さん
武知海青さんは末っ子長男で、お姉さんが2人います。名前は武知風花さん、武知星花さんと言われています。
どちらが上かは分かっていませんが、小さい頃から一緒にダンスをしてきたそうです。
スクールの見学受付の担当が「武知」となっていたので、お母さんのスクールを手伝っているのかもしれません。
武知海青の姉もジュニアオリンピックに
本人も「一番上の姉が先に水泳を始めていて、ジュニアオリンピックに出ていたんです」と話していて、水泳の大会記録には武知風花さんの名前が残っています。




2004年の第27回大会で小学5年生だったので、武知海青さんの5歳上とみられます。
武知海青は結婚している?
2026年11月5日時点で、結婚の発表はありません。恋愛のルールは「お互いの家族を大事にする」だそうです。
2025年6月にDDTへ入団し、東京スポーツのプロレス大賞の新人賞を受賞。2026年は4月に急性虫垂炎で欠場しましたが5月に復帰し、8月には両国国技館でKONOSUKE TAKESHITA選手と戦いました。
メンバーの川村壱馬さんには「憎めない可愛い奴です(笑)」と言われている末っ子です。
まとめ
今回は武知海青の母はダンススクール主宰のMIKAさん!元タカラジェンヌ説や父の手紙、2人の姉までということで、武知海青さんのご家族をまとめました。
- 実家は兵庫県宝塚市
- お母さんのMIKAさんはダンススクールを経営していて、ダンスの師匠でもある
- 元タカラジェンヌという話は本人から出ていない
- お父さんは優しい仲裁役で、「日々青春」の言葉を贈った
- お姉さんは風花さんと星花さんの2人
最後までお読みいただきありがとうございました。